自分を喜ばせる事の出来る物がすぐ近くにあるといいですよね。何も高い物じゃなくていいんです。高級料亭の料理とかそんなんじゃなくて、近くのコンビニのスイーツとか、好きな本とか、お気に入りの写真とか、抱き枕とか。なんだか心が乗らない時、うきうきしない時、落ち込んだ時泣きたい時、そんな時には少しでも好きな物に囲まれていれば気持ちも少しは楽になると思うんです。好きな物が問題を解決してくれるわけじゃないけど、落ち込んでる時に更に追い討ちをかけられると良くなる物も良くならない気がする。逆にハッピーな時には、更に気持ちを高めてくれて嬉しくなるんです。好きなスイーツをお皿に乗せて大好きな本を読む時間は最高です。それが手の届く所、金銭的にも場所的にもあるからうれしいんです。1個1000円も2000円もするようなスイーツだとなかなか手が出ない、それこそ何かあったときに自分へのご褒美としてしか買えません。そんなものではなく毎日を楽しくさせてくれるアイテムとしてあるのがいいんです。やらなきゃいけない家事や仕事、勉強なんかがある人にもきっと共感してもらえるはず!掃除機かけ終わったらお饅頭食べようとか、勉強終わったらマンガ読もうとか、そんな小さな喜びです。毎日楽しく過ごしていければ最高ですよね!

毎日の生活に疲れたとき、飽きた時、いつもとは違う事をして復活を試みます。なんでもいい。例えばいつも出かけない時間に出かけてみるとか、いつもとは違うお店に行ってみるとか、起きる時間をちょっと変えてみるとか、違う種類の本を読んでみるとか、見たこと無い雑誌を眺めてみるとか、少し贅沢な物を食事に取り入れたり、好きな物を食べたり、自分の生活に喝を入れるべく、そして張り合いを出すためにはとてもいい方法です。人間ですから、いつもと同じでは飽きてしまう。毎日ステーキ食べてたらお魚も食べたくなるのと同じです。好きな物でも飽きることはあるし、いつもは満足している生活でも少し物足りなく感じることがあって当たり前です。ストレス発散に温泉やカラオケなんかもいいかもしれませんね。人によって好き嫌いがありますから一概にこれが言いというのはありませんが、自分がすっきりした、明日から又頑張ろうと思える気落ちになれるような事だといいんです。この頃一番効くのはいつもと違う時間に活動してみる事です。いつもは見ないテレビ番組なんかが見れるし、同じ場所なのになんとなく違う場所にいるみたいな気になれて面白いです。今日も夜更かししようか考え中です。

本屋へ行ってきました。読む速度が遅からず速からず、でも本の増えていく速度は人より速いと思うこの頃。本屋に行くと読みたい本がつい見つかってしまう、特に古本屋だと次に行った時に無い可能性があるのでほぼ買ってしまいます。買ってばかりで読まない「積ん読」、「読んだ積もり」みたいな風にはなりたくないので、最終的には目を通す事になるのですが、その為には本を買うことを一旦中断する事が必要になります。通販で買う時も、送料の関係で一気に買ってしまった方が得なのでどさっと買いますが、必ず読むようにしています。昔、買ってそのまま本棚に置いておいて読んだ気になったり、薦められて自分が好きかどうかも確認せずやみくもに買っていた事もあります。それではお金も勿体無いし自分の為にならないと、ちゃんと読み通すようになりました。本は増えていくけど無駄なことはしないように心がけています。でもずらっと並んでいる本を見ると、本屋でも図書館でも、自分ちの小さな本棚でも、嬉しくなるのは否めません。来月は読書にたっぷり浸かるつもりです。溜めていた本を読み、無駄のない読書生活を送ろうと思います。その為にはしばらく本屋へ通うのを止めようと、本屋を出た後に思う今日の出来事でした。

海外の文化が入ってきて、洋画、洋楽、洋食が今では盛んに溢れています。でも最近は、和のいい所にも惹かれます。和柄特有の美しさとか、和食独特の旨味とか、着物の綺麗さとか、違う物に目を向けたからこそわかる独自文化のいいところだと思います。海外の文化が入ってきたからこそわかる日本文化のいいところです。同じ物ばかり見ていたら飽きてくるしありがたみも減ってくる、よそへ目を向けてこそわかる持っているものの良さです。子どものころなんかは海外の服かわいいとか、洋食がおいしいとか思っていましたが、大人になると魚の美味しさがわかってきたり、着物がかもし出す日本女性の本来の魅力だったり、茶道や華道の意味もわかってきました。かといって毎日着物は着れません。なので小さな物で和を取り入れるようにしています。和柄のしおりを使って読書を楽しんだり、和柄のハンカチを使ったり、化粧ポーチに和柄物を使ったりして楽しんでいます。いつか、着付けを習いたいなと思います。毎日使う技術ではないけど、きっとどこかで役に立つと思うんですよね。友達の結婚式とか、将来子どもの成人式とか。今一番興味を持っていることです。どこか近くで習える所がないか探してます。

突然ですが、どんな小説家さんが好きですか?私は本が好きなので、本が目の前にあればなんでも開いてしまうのですが、好きな作家さんと、好きではない作家さんに明確に分かれます。
あくまで私の場合なので、人によって全く異なると思いますが、書いてみます。
私は、どちらかといえば読んだ後の余韻が強く残るような小説を書く人が好きです。心にほんのりと余韻を残すような小説や、こちらまで考えさせられてしまうような小説です。そういった小説は、読んだ後も楽しいからです。
残った余韻というのは、作家さんが意図する場合もあるとは思うのですが、大抵の場合は「こう!」という答えが用意されていません。
ですから、様々な解釈をする事ができます。こういった本について、読書仲間と話しををしだすと、いつまでも話しをしてしまいます。
「本当は主人公はこうしたかったんじゃない?」「そうかな、私が主人公だったらきっとこうだと思う」「あの最後は結局何だったんだろうね」「それについては私はこうだったんじゃないかって思っている」など、どんどん膨らんで行きます。
逆に、推理小説など、完結した段階できっぱりと答えが出ていてすっきりしているものに関しては、あまり進んで読んだ事がありません。
よく考えたら、そういった作品は、本を読んでいるうちに「こうかな?」「ああかな?」と、本と一緒になって想いを巡らすのが楽しいのかもしれませんね。なんというか、他人の秘密を読んでいるような気持ちになるのかもしれません。
次は、推理小説ももっと楽しんで読んでみる事にします。

先日どなたかのブログで「長く家に置いている本のページが日焼けして色褪せたりするのが、味があって好き」という文章を読みました。思わず「そうだよね!」とパソコンの画面に向かってうなずきました。以前は、本の日焼けも埃による汚れも、すごく嫌だったんです。長く置きたいものだからこそ、きれいにとっておきたい。そう思っていました。だから大事な本ほど手に取らないようにしていた、そんなこともあったかもしれません。しかしつい先日、ひどく古びた本を見つけたんです。それは私が学生時代から愛読している本でした。年に何度か行う大きな書棚整理を潜り抜け、手元に残ってきた、今は絶版の本です。当時は本の保管にそれほど気を使っていなかったので、ページは茶色く染まり、中にはシミもたくさんあります。白く新しい紙のものよりは、幾分か読みにくくなってしまっている、その本。しかしそれには、私の長年の時間が詰まっているのです。落ち込むたびにページをめくった本でした。きれいにとっておけたらそれ以上のことはないけれど、もしその本に刻まれるのが汚れではなくて歴史だというのなら、きれいにこだわって几帳面になりすぎて手に取らなくなるのは、もったいないことだと思いました。本は心の糧です。古びても味は変わらないのです。

学生時代から愛用している辞書の表紙が、ついにとれてしまいました。表紙なんてなくてもめくれるからいいか……と思いきや。やはりないと使いにくいですね。辞書の紙はとても薄いので、頭のページがくしゃっとよれてしまうんです。とりあえずガムテープで貼ってみましたが、そろそろ買い時かもしれませんね。パソコンは新しいものが出たら気になるのに、辞書は何十年も使ってしまうのはどうしてでしょう。言葉も時代とともに変わるものなのにと思いつつ、そうそう大きく変わらないからかな、とも思いました。でも今私たちが読んだり書いたりしている文章が、今でいう古文的扱いになる時代も、いつかは来るのかもしれませんよね。その時は現代の国語辞典が古語辞典になったりして。十年後は今通りでも、百年後、二百年後はわかりません。だって私、昭和初期に書かれた話を、難しい言い回しだなって思うことがありますもの。そう考えると言葉も生き物なのだなあと思います。何億年前から変わらないなんて生き物もいるようですが、大抵の物は時代とともに変わっていきます。さみしいけれど、それが事実。でも変わるからこそ時代なのだなあと、わかるようなわからないようなことを考えつつ、新しい辞書をネットで検索しています。

自分がまだまだ子どもだなと思うときってありません?大人への階段を進んだ分だけ子どもでいる部分があることってあると思うんです。例えば、大人になるにあたって色んな人生経験をしてきました。挫折したり失恋したり、失敗したり間違えたり。そんな事から、傷つくのに臆病になっていろんな事になかなか本気になれないとか。恋愛がいい例です。振られるのが怖くて誰かを思い切って好きになれないとか、新しい事に挑戦したいけど上手く行かないかも知れないと思って止めたり。子どもの頃はそんな事も知らず人を好きになって振られて傷ついて、新たな事に挑戦して失敗して落ち込んで、無謀だったといえば無謀だったのかもしれないけど、無知はある意味最強だなと思いました。経験を踏んだだけ先が見えてしまって一歩を踏み出せない、そんな部分も、ある意味大人なんですかね。でも本当の大人ならそれにも立ち向かっていける心があるような気がするんです。私もまだまだお子ちゃまなのでしょうか。昔大好きだった恋愛小説も、絶対こんな事ない思ってみたり。でもそれってそう思うことによって傷つくのを回避しているだけだと思うんです。こんな風に恋愛をしてみたいと思っていたあの頃から、あり得ないと現実だけを見て一歩下がっておけば、もしそうなった時は嬉しいから。それも前向きっちゃー前向きなんでしょうか?いや、でもその分自分は成長しているんだと信じて頑張って生きて行きます!

時間がないときに限ってやってしまうミス。朝起きて、気がつけばこんな時間!朝ごはんは食べてる時間なんかない!急いで化粧しないと遅刻する!!そして慌てて化粧を始めると、起きて間もないせいか、頭がまだはっきりしておらず、化粧下地を忘れてそのままファンデーションをのせてしまう事が多々あるんです。なんでこんな時間のないときにって思うんですが、時間がない、朝起きて考えてる暇が無いからこそ起きる問題で、どうしようもない!対応策としては、ファンデーションの上、もしくは前に下地をおいておく、そうしておけば、まずそれを使ってからでないとファンでに移れない。でも、朝寝坊するのも予定して寝坊してるわけではないので、前の晩、下地を置かないときもあるんです。そんな次の日に限って、寝坊したりするんですよ。顔面塗り終わってしまってると、ほんとどうしようもないので、そのまま突き進んで終わらせてしまいます。一箇所だけとか、頬だけとかだったら、コットンに化粧水浸してぬぐってとったりします。やっぱり、下地があるのとないのとでは、その日の化粧もちが違うと思うし、雑誌とかにもそう書いてあるしね。お昼のお化粧直し、本当は一回全部落として付け直すのがいいそうですが、そういうわけにもいかないので、パウダーだけでお直しできるようにしておくのが大事です。でも、今は下地のいらないファンデとかあるから、それに変えるのも手かなと思ったりもしてます。

家の中ではどんな格好でいるか?雑誌とかに男子のアンケートかで書いてある、幻滅する女性の姿、みたいなのによくあるけど、家の中ではラフな格好でいる事、みたいな答え。よく見かけるんですが、なんかそれって、ん?って思ってしまいます。女だって人間なんだから、気も抜きたいし、「ほっ」ってしたいんです。テレビでだって見るじゃないですかね、ドラマとかで、男性がパンツ一丁で家の中うろうろしてるの。まぁさすがに女性が下着一枚というわけにはいかないと思いますが、短パンにTシャツで、髪はぱっとしばって、気楽に過ごしたっていいじゃないか!と思います。ようは、メリハリをつけていればいいんじゃないかと思うのです。お仕事やお出かけの時は、綺麗にすればいい、女ですから、着飾ることも楽しいはずだし、身だしなみは大事です。でも、いつもそんなに張り詰めていたら、疲れますよね。私は疲れます。なので、一人で家にいるときぐらいは、気を使わずほっとのんびりしていたい。そんな一面も女性だと思うんだけど、世の男性は、女はいつも着飾ってなきゃいけないと思ってるのか??でもそれって、きっと外見だけ見てるからそうなるんだと思う。中身を見つめていけば、それもいいかと思えるはずです。だから、要するに中身が大事ということです。やるべきことやり、リラックスできるとこはリラックスする。これがきっちり出来る女性はいいなぁと思います。私もそうなれるよう頑張ってます。

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次は何を読もうかな……。

一冊本を読み終えて、次は何読もうか迷ったりすることってありませんか?
わたしは結構あるんです。どうせならおもしろいものを読みたいですし。
評判の良い小説ってやっぱり面白いですもん。口コミってかなり参考になります!